カカアコの歴史

 カカアコ地区は、ハワイ屈指の繁華街『ワイキキ』とハワイの玄関口『ホノルル国際空港』の間、アラモアナセンター西側に位置しています。20年程前にショッピングセンターの開発が行われ、現在は、一大ショッピング&エンターテイメントコンプレックス『ワードセンターズ』に変貌を遂げました。『ワードセンターズ』という名称になったのは、約15年前でその以前は、『ビクトリア・ワード・センターズ』という名称でした。この名称からカカアコ地区の歴史を知ることができます。

 『ビクトリア・ワード』は、さかのぼることハワイ王朝時代の実業家カーティス・ペリー・ワード氏の夫人の名前です。ビクトリア夫人は、ハワイの王族の出身で、ハワイ王朝最後の君主リリウオカラニ女王の友人で、相談相手でもありました。ワード・ファミリー、ダウンタウンからアラモアナまでの一帯の広大な土地を所有し、ニール・ブレイズデル・センターも、以前はワード・ファミリーの大邸宅やプランテーションがあった場所で、カカアコ地区も当然、ワード・ファミリーが所有しており、ショッピングセンターの名称に『ビクトリア』や『ワード』の名称が冠されているのです。

 そんなことからもカカアコ地区は、かつてハワイの王族が多く暮らしていた場所で、内陸部では農業が、沿岸部では、外国船が入港するための港が設置されるなど、活気にあふれていました。ハワイを統一したカメハメハ1世も家族と彼の指導者とともに、カカアコ地区に居住していました。またカカアコ地区は、『ケヴァロ』としても有名で、海岸では、浄化や宗教の儀式なども盛んにおこなわれていました。

自然豊かな景色が広がるカカアコから臨むワイキキの実景(1931年)。アラモアナセンターの建設がはじまるのが、この28年後

 ハワイがアメリカ合衆国50番目の州に制定された1959年には、アラモアナセンターの建築工事がスタートし、隣接するカカアコ地区も近代化へ一歩踏み出しました。大型の貨物運搬船が入港するアロハタワー周辺の港からワイキキへ向かうほぼ中間地点に位置することから、多くの倉庫が建設されるようになり、その後、世界各国の観光客の誘致を目的としたショッピングセンターが誕生し、魅力的な街へと成長を遂げ、そして今、ハワイ州議会でカカアコ地区がハワイの新開発プロジェクトの舞台に選ばれ、ハワイ州開発機関『ハワイ・コミュニティ・ディベロップメント・オーソリティ(HCDA)』によって、カカアコ再開発プロジェクトは着々と進行しています。

 ハワイの歴史に詳しい、ハワイ文化財調査コンサルタント会社『カヒリウラ・アソシエイト』のルアライン・ナノエ・サルベイダー氏は「街の姿が変わることは、ハワイの歴史ですから仕方がありません。大切なことは建築物に適したネーミングをすることです」と語り、HCDAに対しハワイの歴史を語るきっかけとなる建築名を研究しアドバイスしています。アレクサンダー&ボールドウィン建築会社によって、クイーン通りに建築された『ケオラ・カイ(命の海)』というコンドミニアムの名前もその一つです。

建築作業中の『ワード・ヴィレッジ』の工事現場を監督するハワイ文化財調査コンサルタントのルアライン・ナノエ・サルベイダー氏

 カカアコは、連なる高層ビルに囲まれた、快適で安全な現代的な街へと発展していくだろう。

 高層コンドミニアムの建築を中心とした再開発プロジェクトのエリアとして注目を集めているのです。

 再開発という大きな波に、ハワイの歴史や文化が飲み込まれることなく、バランスのとれたカカアコ地区になることを多くの人が望んでいることは間違いありません。